平成20年12月30日(火曜)曇り、13度、寒い



   28日(日)は郷里佐賀に帰って、姉の49日の法要に出席をした。本当の49日は1月中旬のはずだが、1月は正月だからということで、繰り上げの49日だった。年賀状のことだけど、『喪中につき云々の』年末年始のご挨拶を遠慮したい旨のご連絡を今年も何通か頂いている。私もこうした慣例に従えば、喪中ということになるだろうが、もう私の年齢になると親類や縁者の者が亡くなるケースは珍しくない。喪中というならば毎年が喪中みたいになってしまう。80歳も過ぎて死んだとなれば天寿を全うして死んだとして赤飯を炊いたり、祝う地方すらあるとすれば、85歳で死んだ姉のために喪中云々の礼はとらず、普通に新年を皆さんとともにお喜びさせて頂くという風にさせて頂こうと思っている。



   そんなわけで28日夜、明石に帰ってきて、29日は朝寝、午後は次女が話をしたいと言うので、土山の喫茶店にコーヒーを飲みに行った。次女の話と言っても特別なことはないのだが、姉のこと、家のことなどなど、あの子はあの子なりに心配をしてくれていた。配慮を感謝したい。



   昨夜も遅かったせいで今朝は7時過ぎに起床、正子はもう勤めに出勤していた。家内や義姉と遅い朝食をとって、石油を買いに行った。今日も清掃はじめ雑務を片づけるとしよう。


 

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